古典文法・助動詞④
る、らる
文法的意味
意味の見分け方
自発
また時の間の烟とも成りなんとぞ、うち見るより思はるる。《徒然》
(いくら立派な屋敷であっても)きっとまたすぐに焼け失せて煙となるだろうと、建物を見るや否や自然と思われる。
住み馴れし古里、限り無く思ひ出でらる。《更級》
住み慣れたふるさとが、自然と限りなく思い出される。
「思ひ出づ」につく「らる」が自発になる例
仏の御飾り、花机の覆ひなど迄、実の極楽思ひ遣らる。《源氏・賢木》
仏像のお飾りや、仏具の花机の覆いなどまで、どれも本物の極楽が自然と想像されるほどの美しさだ。
「思ひ遣る」につく「る」が自発になる例
言はむ方無く、あはれ悲しと思ひ嘆かる。《更級》
(姉が無くなり、)なんとも言いようが無く、ああ悲しいと自然と思い嘆かれる。
「思ひ嘆く」につく「る」が自発になる例
彼も然こそ心を遣りて遊ぶと見ゆれど、身はいと苦しかんなり、と思ひ比へらる。《蜻蛉》
あの水鳥も水面では気晴らしして遊んでいるように見えるけれど、水中では足で水を掻きたいそう苦しいようだと、(我が身に)自然と当てはめて考えてしまう。
「思ひ比ふ」につく「らる」が自発になる例
人の程 心ばへなどは、物言ひたるけはひにこそ物越しにも知らるれ。《徒然》
人の品格や気立てなんかは、その人が話している様子によって、何かを隔てていて姿が見えなくても自然と理解される。
「知る」につく「る」が自発になる例
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる《古今・秋》
秋が来たと目にははっきり見えないけれども、風の音で自然とはっと気が付いたことだよ。
「驚く(はっと気づく)」につく「る」が自発になる例
御鼻の色許り霞にも紛るまじう花やかなるに、御心にもあらずうち嘆かれ給ひて、殊更に御几帳ひきつくろひ隔て給ふ。《源氏・初音》
(末摘花の君は相変わらずみすぼらしい容姿だが、)お鼻の色だけは、春霞にも隠れそうに無いほど赤く目立っていて、(光源氏はそれを見て)思わず自然とため息をおつきになって、わざわざ御几帳を置き直して末摘花と隔てなさる。
「うち嘆く」につく「る」が自発になる例
薬師仏の立ち給へるを見捨て奉る悲しくて、人知れずうち泣かれぬ。《更級》
(いつもこっそり拝んでいた)薬師仏の像が立っていらっしゃるのを見捨て申上げるのが悲しくて、ひそかに自然と泣いてしまった。
「うち泣く」につく「る」が自発になる例
…。」と微笑み給へる、若ううつくしげなれば、我もうち笑まるる心地して、《源氏・末摘花》
…。」と言って光源氏が微笑みなさった様子が、若々しく美しいので、命婦は自分も自然と笑顔になる気持ちがして、
「うち笑む」につく「る」が自発になる例
名を聞くより、やがて面影は推し測らるる心地するを、見る時は、また予ねて思ひつるままの顔したる人こそ無けれ。《徒然》
誰かの名前を聞くや否や、すぐにその人の顔つきが自然と推測される気持ちがするものだが、実際会ってみると、やはり前もって想像していたとおりの顔をしている人はいない。
「推し測る」につく「る」が自発になる例
「此処は何処とか言ふ。」と問へば、「子しのびの森となむ申す。」と答へたりしが、身に比へられて、いみじく悲しかりしかば、《更級》
「ここは何という地名か。」と尋ねると、「子しのび(子を思い慕う意)の森と申します。」と答えたので、(都に娘を残してきた)自分自身に自然と当てはめて考えてしまい、たいそう悲しかったので
「比ふ」につく「らる」が自発になる例
めでたしと見る人の、心劣りせらるる本性見えんこそ、口惜しかるべけれ。《徒然》
立派だと思っていた人が、自然とがっかりしてしまう本性をもし見せるならば、残念であるに違いない。
「心劣りす」につく「らる」が自発になる例
可能
上には時々夜々も上りて、知らぬ人の中にうち臥して、つゆまどろまれず 。《徒然》
中宮様の部屋には時々何夜か上がって、知らない人の中で横になって、少しも眠ることができない。
「ず」の上の「る」が可能になる例
恋しからむ事の耐へ難く、湯水飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり。《竹取》
(かぐや姫が月に帰ると)恋しくなるだろう事を考えると耐え難いほどで、湯も水も飲むことができず、同じ気持ちで嘆いた。
「ず」の上の「る」が可能になる例
上には時々夜々も上りて、知らぬ人の中にうち臥して、つゆまどろまれず 。《徒然》
中宮様の部屋には時々何夜か上がって、知らない人の中で横になって、少しも眠ることができない。
「ず」の上の「る」が可能になる例
抜かんとするに、大方抜かれず。《徒然》
鼎を引き抜こうとするけれども、全く引き抜くことができない。
「ず」の上の「る」が可能になる例
受身
堀川殿にて、舎人が寝たる足を狐に食はる。《徒然》
堀川殿(太政大臣久我基具)のお屋敷で、警備の男が、寝ていた足を狐に食われた。
「ーに」に続く「る」が受身になる例
物に襲はるる心地して驚き給へれば、《源氏・夕顔》
物の怪に襲われる気分がして(光源氏が)目覚めなさると、
「ーに」に続く「る」が受身になる例
指をさして人に笑はるるとも、其れをば顧みず、《風姿花伝》
(能の稽古においては)例え他人に指を指して笑われるとしても、それを気にせず、
「ーに」に続く「る」が受身になる例
人に侮らるるもの。築土の崩れ。《枕》
人に軽蔑されるもの。土塀の崩れ。
「ーに」に続く「る」が受身になる例
尊敬
大将 暇申して、福原へこそ帰られけれ。《平家》
大将(藤原実定)はお別れを申し上げて、福原の都へお帰りになった。
貴人が主語で「る」が尊敬になる例
彼の大納言は何れの船にか乗らるべき。《大鏡》
あの大納言は、どの船にお乗りになるのだろうか。
貴人が主語で「る」が尊敬になる例
今は昔、治部卿通俊卿 後拾遺を撰ばれける時、《宇治拾遺》
今となっては昔の話だが、治部卿である藤原通俊卿が後拾遺和歌集に入れる歌をお選びになった時に、
貴人が主語で「る」が尊敬になる例
「別れは知りたりや。」となむ仰せらるると伝ふるも、いとをかし。《枕》
「別れの悲しさを知っているか。」と中宮定子がおっしゃられたと伝え聞くのも、とてもおもしろい。
「仰す」につく「る」が尊敬になる例
片仮名の子文字を十二書かせて給ひて、「読め。」と仰せられければ、《宇治拾遺》
帝が片仮名の子の文字を十二個書いてお与えになり、「これを読め。」とおっしゃられたので、
「仰す」につく「る」が尊敬になる例
「少納言よ、香炉峰の雪如何ならむ。」と仰せらるれば、《枕》
「少納言よ、香炉峰の雪とはどの様であろうか。」と中宮定子がおっしゃられたので
「仰す」につく「る」が尊敬になる例
人の御様の、言ひ出で給ふ事の趣より、片方は臆せられ給ふなんめり。《大鏡》
道長のご様子が、その発言なさる内容に迫力があったために、もう一方の伊周は自然と気後れなさったようだ。
「られ給ふ」の「らる」は尊敬以外になる例。ここでは「臆す」について自発。
折々の事思ひ出で給ふに、よよと泣かれ給ふ。《源氏・須磨》
その時々の事を思い出しなさると、おいおいと自然とお泣きになる。
「れ給ふ」の「る」は尊敬以外になる例。ここでは「泣く」について自発。
寝られ給はぬままに、「我はかく人に憎まれても習はぬを、《源氏・空蝉》
(光源氏は)お眠りになることができないので、「私はこのように人に嫌われることには慣れていなかったが、
「られ給ふ」の「らる」は尊敬以外になる例。ここでは「下に打消の助動詞「ず(ぬ)があり」、「らる」は可能。
「あまりけにくし。」と、人にも言はれ給ひき。《大鏡》
「あまりに無愛想だ。」と、周囲の人にも言われなさった。
「れ給ふ」の「る」は尊敬以外になる例。ここでは「ーに」に続く「る」で受身。
「思ふ」につく「る」が自発になる例